昭和は遠くに行きにけり・・ (趣味の話 2)
すいません、勉強関係の更新ではないです。
最近ちょっと意識があまり勉強関連に強く向かっていないのか、
それ関連の記事をアップするような気分ではなく、
(・・と、いいつつ小ネタは書こうかと思っております。)
今回は現在2番目に意識がいっている出来事の記事になります。
(1番目は記事にするようなことでもないので・・)
まぁ、数年前からの皇室関連の主題・・
秋篠宮家とその周辺のお話です。
興味ない方はスルーでお願いします。
最近よく思い出すのが、紀子様ご成婚の時。
あの当時、間違いなく紀子様はベストな選択だったわけです。
クリスマスケーキと言われていた当時の結婚適齢期にしっかり合致
旧華族階級からの選択以外となると、”学者”のお嬢様というのもある意味OK
お父様の仕事関係で”留学経験”あり、国際化にも合致
etc
もちろん紀子様自身も当時しても珍しい”箱入り娘”感ありありで・・
穏やかな印象などフィーバーが起きた訳ですよ。
皇太子様の結婚話が進まず、間違いなく”殿下、でかした!!”という風潮はあったと感じていました。
しかし、冷酷なまでに時が経ち、価値観が大きく変わったり、変わっていないように見えてもやはり変わっている令和となり・・
その価値観は間違いなく”昭和”の物であったとも思うわけです。
高円宮家で2つ続けて慶事がありましたが(雑誌の記事なので本当かどうかわかりませんが)お母さまの久子様の方針として、お付き合いは自由にして良いが、結婚は親の意見を取り入れるように・・としてきたそうです。
高円宮妃久子様・・昭和のど真ん中の時代、ケンブリッジ大学卒業・翻訳会社に就職していたそうで・・うちの母に言わせると、当時として”飛んでいる女性”というイメージだったようです。
ご自身が皇室に入り、皇室と一般家庭(でもかなり上流家庭だけど)のギャップを知っていて、”元女王”が”普通のサラリーマンの家”でやっていく難しさはわかっていたのでは?思うわけです。
普通に知り合った人ではやっていける人かどうかわからない・・
一般の人であれば簡単に想像できる事に気付いている方なのでしょう。
私世代より上ですが昭和の価値観からは離れていた方だと思います。
かたや秋篠宮様は
”守られた環境”・さらに”大学という閉ざされた空間”で”恋愛”で当時としてはベストな伴侶を見つけられ、当時の価値観からも”最高の嫁”と結ばれ”株を上げた”という経緯から、
学生のうち、恋愛で相手を見つけるというのをよしとされていた・・としても不思議じゃないです。
でも、直系の男子と、傍流(あえての表現です)女子では、そのガードには差があるのは当然ですし、そもそもそういう堅苦しさを嫌っている節も感じられます。
そして言葉は悪いですが、殿下自身が、”奨学金が必要だった就職したての社会人”が、元内親王とやっていけるのかを想像することが出来ない、やはり世間知らず・・とも見えるわけです。
”良い嫁”としては間違いなく紀子殿下に軍配が上がり続けましたが、
時代が変わり、”嫁”の立場からの視点ではなくなった瞬間評価も変わってしまったという印象です。
また、雅子様は”長男の嫁”という立場では収まらない器だったのだな~とつくづく感じます。
この方の力を生かすには皇太子妃殿下じゃ足りなかった。
きっと今の皇后陛下の様子を一番喜んでいるのは、
”人格否定に抗議”していた天皇陛下じゃないかと思うわけです。
絶対言わないけど、”ほら、やはり雅子はすごいだろ?”とか吹き出しつけても違和感なさそうです。
皇后陛下が、良妻賢母から良きパートナーへと変わったこと
色々な様子を見るにつけ、
私の価値観が形成された”昭和”という時代は、確実に遠くになったのだな
と思うと同時に、
価値観は変わる、私も自分の価値観がすべてと思わず、
なるべくいろいろな価値観を受け入れていきたいなぁとも思う
今日この頃です。